Diary(日記)

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2006年1月29日

ローカルマニフェストの準備会

午後6時半から土浦市内で開かれた、ローカルマニフェスト
推進ネットワーク茨城の準備会に出席。

前回1/9の会合をお休みしてしまったので、浦島太郎状態・・・。
皆さんのご努力で、書類や企画が具体的に整っていることに
ただただ感服するばかり。

いまは2/26の設立総会&シンポジウムに向けて、企画を
つめている段階。事務局の皆さんの勢力的な活動もあって
こちらもかなり進んでいた。会合でも細かい部分で意見が
でて、一部の書類は見直しが必要なものの、ほぼ、
固まってきたのではという感がある。

マニフェストという言葉は先の国政選挙で話題となったが、
地方選挙で内容をどう浸透させるかは、これからといった
ところであり、それを推進するために、この会を設立して
茨城でもマニフェスト選挙を活発化させたい。

現時点では、市議会議員はマニフェスト選挙を行う立場には
ないが、その日のために、後援会リーフレットを発展させ
マニフェストと呼べるようなレベルのものを作りたい・・・。


---

余談ではあるが、今月は、非常に高い割合で日記が
かけている。ちょっとうれしい・・・。今月だけで終わらずに、
毎月、いろいろな考え方をおりまぜながら、報告をして
いきたい。





2006年1月28日

1月の雑感

まだ1月も3日間を残すが、今月の雑感を・・・。

昨年の1月に祖母が他界したことから、今年の正月は喪中。
とはいえ、それは個人的な話であり、公の年始の正月行事は
すべて出席。個人的に「おめでとう」という発言を控えながら
皆さんと挨拶や意見を交わした。

年賀状は、喪中であることから無し。
挨拶状の発送は手書きによる答礼を除いて禁じられている
ことから、もともと議員就任以来、市内への年賀状は、
返事以外は出してなかったが、喪中により、さらに、
市外への年賀状もなし。

そのかわり、三が日は後援会報の原稿作成に没頭。
宛名書き、印刷、製本、封筒詰め作業などを後援会の
皆さんに協力してもらい、郵送、団地へのポスティング、
駅での配布などを通じて皆さんにおとどけを実施。

年賀状については、不特定多数ではなくお世話になった方への
ごくごく一般的な礼儀にあたる挨拶として、規制する必要は
ないのではというのが感想。しかも、やぶったとしても、
何の罰則規定もない。非常に中途半端な法律だなあと
思いながらも、明記されている以上は犯すことはできない・・・。

私としてはたとえ年賀状がOKになったとしても、
同じ料金で、年賀状が挨拶文程度であるのに対して、
会報では議会報告や活動報告など内容の濃い情報が
伝えられるので、どっちを選ぶかはいうまでもないだろう。

新年会への出席や、地域等へのあいさつ回りにも、
思ったよりも時間がかかった。新年会については、
2月前半くらいまでは出る機会が多いだろう。

こんなカンジで、あわただしく過ぎた1月であった。
風邪もひかず、元気に乗り切れたことは幸いであった。




2006年1月25日

ブログへの移行を

いま、書いている活動日記を、近々ブログへ移行しようかと
考えている。

ブログとは「ウェブログ」の後ろ3文字を取ったもので、
日記と掲示板を組み合わせたようなもの。日記には、
管理者(この場合、私)が写真を含めた記事などを書く。
ここまでは、この活動日記と同じ。それに掲示板が
組み合わさり、閲覧した皆さんが、その記事に対して
コメントを書くことができるというもの。

毎日の活動に対してのコメントがもらえ、私としても
皆さんの意見が率直に聞きやすくなる。

昨今、多くの議員が、ブログをつかって活動報告を
するようになった。私は、ブログが着目される前から、
この日記をつかって活動報告をしてきた。そういう意味では、
着目は正しかったと思っている。

さらに、意見をもらえる形にしたい。





2006年1月24日

日本と米国のシステムの考え方の違い

ここ数日、ライブドアに関する報道がなされているが、
その中で、東京証券取引所のシステムの問題も報道されている。

昨今、インターネットが普及し、取引件数が増加しているにも
かかわらず、システムの増強がすすんでおらず、取引の
時間短縮という、自社システムの脆さを自ら肯定する措置も
とられている。

一方、ニューヨーク証券取引所では、時間当たりの通常取引
件数の5倍の量まで処理できる状態を確保している。
ニューヨーク証券取引所では、売買注文の受け付けや約定、
注文取り消しなどの業務をは1秒間に1.3万件処理可能で、
1時間で4680件。

ちなみにの最大処理件数実績は1秒間に6000件であり、
最大処理実績の2倍の処理が可能となっている。

東証が1日で処理できる売買注文件数は900万件、
約定450万件。東証のシステムをはるかに超える処理量で
ピーク処理量でも日本のようにシステムを止めるといった
措置には至らないだろう。

最大処理件数をどのあたりに定めてシステムを開発するかは、
システムの重要度、システムがとまっても手動による
代行作業が可能であるか、とめても問題がないか、などに
よりさまざまであるが、少なくとも、こういったシステムは
決してとまることが許されないわけであるから、おのずと
余裕の持たせ方が変わってくると思う。

余裕の持たせ方をどうするかは国民性の違いなのだろうが、
米国では前述の通り、通常処理件数の10倍程度が最大という
考え方で、日本では、過去の最大処理件数+α 程度だろう。

1日も早い、増強が望まれるところである・・・。


さて・・・。

ライブドアばかりが問題視されているが、耐震偽装問題も
大きな問題。人の生命が軽視された点についてはライブドア
以上に罪が大きいと思っている。

堀江社長は強制捜査から1週間で逮捕された。
耐震偽装問題についても、スピーディーに対応をして、
業者だろうが政治家だろうが、悪いことをした人を
とっとと捕まえて、真相を明らかにしてもらいたい。




2006年1月23日

ホリエモン逮捕

先週からテレビを賑わせていたライブドア問題であったが
とうとう、堀江社長を含む幹部4人が逮捕となった。

いまさらホリエモンやライブドアについて、あれこれと
解説をするつもりはないが、あれだけの大きな事を
いうのだから、身からサビをだしてはいけないし、
自分の発言を否定するようなことを裏でやってはいけない。

彼のいったことには、中には妥当な発言もあったと思う。
かといって、彼の発言を100%を肯定するつもりはない。
「金があれば何でもできる」といった趣旨の発言は、
むしろ受け入れがたいものであった。だが、成功者の
一人としての結果を出していたことに対しては、
認めなければならないのかな・・・と、当時は思っていた。

現段階では、捜査中なので、なんともいえないが、
事実だとしたら、彼の成功も、発言も、虚偽でかためられた
ものと判断せざるを得ない。

しかし、人間とはずるいもので、泥船とわかったとたん、
逃げ去り、批判をする。彼を認め、評価していた人たちは
自分の目をどう思っているのだろうか・・・。




2006年1月21日

集会所建設

今日は新年会2件に出席。いずれの席でもみなさんと
楽しい時間を過ごすことができた。気軽に色々な話ができる
時間を共有できたことが良かったと思っている。

夜7時から町内会の集会所建設に係る説明会に出席。
今日から5週にわたって町内の方に集まっていただいて、
集会所建設に関する方針の説明や意見を聞く場を作っている。
そしてできるだけ多くの方に理解をしていただいたうえで、
今度の4月の町内会総会で建設計画着手の賛否を取るという
手順ということ。

私も、5週にわたる説明会すべてに参加をして、皆さんの声を
耳にしたいと考えている。私も町内の一員としても、また、
議員としてもできる限りの協力をしていきたいと考えている。




2006年1月20日

後援会 収支報告 提出

朝10時から市議会全員協議会に出席。

ここ1ヶ月間の議長・副議長・議員の公式行事などの
報告をしあったり、執行部からの重要案件の説明があるが、
今回は正月行事が主で、全議員が出席した行事が多かった
ことから特に案件もなし。

会派内の協議の後、11時過ぎに結城を出発し県庁へ。
後援会の収支報告書を提出するために、茨城県選挙管理
委員会を訪問。

私は後援会を茨城県選挙管理委員会に設立届をしている。
政治資金規正法により、政治家個人は献金をうけることが
できず、政治団体として受けることになる。そのかわりに、
年1回、団体の収支状況を報告することが義務づけられている。

私の場合は、ほとんどが自己資金を後援会に寄付する形で
運用し、その使途は、年1回開催する議会報告会の費用、
年4回発行する後援会報の費用(紙・封筒・インク・郵送費)、
名刺代が主である。また、ご理解ある市民の方から、
カンパ(法律上では献金)を頂いており、これも、収支報告に
掲載をし、政治資金規正法に準じて適正に処理をしている。

過去2年間を見ると、初年(2003年)は後援会立ち上げの
ための印刷物の費用、次年(2004年)は印刷機の新規購入
費用により収支額が増額しているが、特別なことがなければ
昨年(2005年)のような35万円程度の収支状況に
なる見込みである。

2005年分の詳細については、「財布の中身」のコーナーに
掲載をしているのでご覧頂きたい。

【上:提出資料の写し 下:茨城県選管の受領印】





2006年1月19日

結城駅北口での会報配布

昨日に引き続いて、結城駅北口で会報の配布。

風が強く、とても寒い。高校生が制服のスカートの下に
ジャージをはく気持ちがとてもよくわかる。私もスラックスの
下にジャージをはいていたから・・・(笑)

北口・南口で計100部ほどを配布。

私としては、配布部数よりも定期的にあの場に立つことを
重要視している。選挙前の2ヶ月間の辻立ちの姿を見て
応援してくださった皆さんに元気な姿をお見せしたいという
ことや、こまったことや疑問を気軽に話してもらえる
きっかけをつくることを考えているからである。

事実、会報配布中にたくさんの意見を頂き、一般質問として
取り上げたり、直接各部局へ問題提起をするなど、
意見反映ができた事例があるからである。

これからも、駅での配布は定期的につづけたい。

もちろん、多くの方に見ていただけるような努力も続けたい。

寒い中の配布を大変だなあ、と思ってくれたのだろうか、
いつもよりも学生さんに受け取ってもらったような気がする。
関心をもって受け取ってくれた方もいるだろうし、
もしかしたら、何かのチラシかなと思って受け取ってくれた
かたもいたのだろう。

でも、きっかけはどうあれ、見ていただけた事をよかったと
受け止めている。これを機会に、少しでも、市のことに
関心を持ってもらえれば、これほどうれしいことはない。


【午前6時過ぎのの結城駅(上:北口 下:南口 南口は昨日撮影】






2006年1月18日

ライブドアと中央青山監査法人

本題に入る前に、今日の活動報告を・・・。

朝6時15分から、結城駅南口での後援会報配布。
平成15年6月議会以来、通算で11回目の配布。
今朝は、非常に寒い中ではあったが50部ほどの配布。

私の辻立ち時代を知る方からも
「みんなちゃんと見ているからがんばれ」と声をかけて
いただいた。その言葉がうれしい、ありがたい、
心の糧になる。その声があるから、続けられる!

帰宅後午前中、町内100件に後援会報配布。
昼間は、パソコン内の議会関係資料の整理・バックアップ。
夕方は、午後5時から7時過ぎまで、70件に会報配布。
夜8時からは町内の街づくり委員会に出席。
帰宅は午後10時過ぎ。

さて、本題の中央青山監査法人。

足利銀行の破綻では、監査の甘さから提訴をされたり、
カネボウの粉飾決済では逮捕者が出ている。
そして、今回のライブドア問題でも、話題に挙がっている
ライブドアマーケティングが2004年1月~9月期業績で
利益を水増しした疑いが出ている中で、当時の会計監査の
担当が中央青山監査法人であった、という記事が、
日経新聞のサイトに掲載されていた。

http://it.nikkei.co.jp/business/special/fuji_livedoor.aspx?i=2006011711508ra


検査機関のいい加減さ、甘さは、ライブドア問題だけでなく、
耐震偽装問題でも同じ問題を引き起こしている。

監査法人の中央青山監査法人、検査機関のイーホームズ、
いずれもやるべきことをやっていないから、こんな問題が
起きるのである。

イーホームズに至っては、正しいことを前提で検査している、
見抜けない、と、「私は能力がないので仕事ができません」と
いった趣旨とも取れるようなあきれた答弁を、国会の参考人
招致で堂々としている。

やるべきことをやらず、偽装や違法を見抜けない監査法人や
検査機関は、いらない。




2006年1月17日

にぎやかな1日

午後から耐震偽装の問題でヒューザー小島社長の
証人喚問をテレビで見る。ワイドショーで色々言って
いるのとは手のひらを返したように、証言拒否ばかりだった。
委員会の冒頭で、委員長から、阪神淡路大震災から
丁度11年を迎えるにあたり、被災者の冥福を祈るための
黙とうが呼びかけられ、出席議員や小島社長も黙とう。

小島社長は、どんな心境で黙とうをささげたのだろうか・・・。
その後の委員会での答弁を聞く限り、まったく反省を
していないと受け止められる・・・。


ライブドアの家宅捜索も大きな事件。

私自身もIT業界に身をおいていたわけだが、皆さんも
ご存知のように、物を売る商売ではなく、情報を売る商売。
ライブドアでは株価を維持することによって、資金を
調達しながらさらに拡大させる、お金をプールするのではなく
動かしながら拡大させる手法。今回は、株価を上げるために
違法を犯したとの事。私は、堀江氏のことを好きではないが、
世の中に強い口調で提言し、変えるだけの力を持っていると
思う。悪役に徹するのなら、身の周りでは正当な、きれいな
手法に徹してほしかった。悪役であっても、正当な手法での
辛口の発言に共感する人は多いと思う。しかし、こんな
裏の手法で力をあげてきた人の発言は、信憑性がなくなって
しまうからである・・・。


連続少女殺人事件の宮崎被告の死刑判決も確定。

ここ数年、あちこちでおきている、子供たちが巻き込まれた
奇怪な事件のルーツがここにあると思っている。
事件から17年を経て、ようやく結論が出たわけであり、
不幸にしてなくなった遺族の方の気持ちを考えると、
17年はあまりにも長い。刑を下すということは、大きな事で
あり、簡単に決定してはならないことは承知をしているが、
それでも、17年は長い・・・。




2006年1月16日

会報発送

午前中、郵便局にて後援会報を発送。今回は、市内外あわせて
1194通を発送。3年前に後援会を立ち上げてからの
定期的な発送であるが、長い間には引越しをされて、
宛先がわからなくなったり、あるいは新しい出会いの中で
発送先が増えたりと、変遷のなかで、名簿を維持している。
おそらく、明日には皆さんに手元にとどくであろう。

午後からは、アビダス城西、四季の社に後援会報の
ポスティングを実施。もっと多くの方に会報を見て頂く為に
他の団地へのポスティングも検討したいところである。

夕方、外出前に、ライブドアに家宅捜査が入ったニュースを
目にした。明日は、ヒューザー小島社長の証人喚問。
タイミングが良すぎるなと思った。当て馬だろうか・・・?




2006年1月15日

防災講演会

午後1時半から、市民文化センターアクロス 展示室で
開催された「防災講演会と応急手当講習会」に参加。

独立行政法人 防災科学研究所の岡田先生が講師として招かれ、
地震とは、という観点で震度とマグニチュードの話や、
地震のメカニズムについて講演を頂く。

消防署の職員さんからは、心肺停止から4分間にどれだけの
救命行為ができるかが重要であり、一般の方々も、救命の
知識を身につけることの重要性が提言された。

また、結城市内で災害救援ボランティア活動をされている
鈴木さんからは、ボランティア側の視点での活動体験や、
着目点についての話があった。

最後に、応急手当の講習会ということで、自動体外除細動器を
用いての応急手当の実技指導をいただく。参加者からも、
この機器がどこに設置されているかの質問があったが、
この機器について、9月議会で塚原議員が一般質問で取り上げ、
市長からも、公共機関など人の集まりやすい施設に設置したい
という考え方が示され、おそらく来年度の予算の中で、
購入などが検討されるであろう。

こういった講習は、今回に限らず、ひろく市民を対象にし、
今後も実施してほしいところである。こういった機器が、
手軽に一般市民でも使えるようになったことや、こういった
機器の存在自体をご存知でない方も多いだろう。まずは、
知らせることから取り組んでいただきたい。





2006年1月14日

町内会役員会の新年会

夜7時から集会所で町内会役員会の新年会に出席。

議員になってから、町内会との疎通を図るという目的で
毎回役員会にオブザーバーとして出席をし、必要に応じて
意見を述べたり、行政の動きについて話をしている。

今日は年初の会合で、新年会をかねての会合。
毎年4月に役員が入れ替わった直後は、顔を合わせて間もない
こともあり、ぎこちない雰囲気であるが、色々な行事を経て
しっくり来たころには入れ替えを迎えるという、もったいない
状況である。

私としても、役員会で一緒に行事に携わることを通して
気軽に話のできる間柄を作ることができている。
役員を終わった方とも、気軽に話ができる。役員さんに
とっても、大変な1年ではあると思うが、その後に得られる
人脈には変えがたいものであると思う。




2006年1月13日

会報作成 終了

会報の作成が終了。

最近は、原稿の作成はもちろん本人がやるものの、その後の
印刷や製本、封筒詰めや宛名書きには本人が参加せず、
両親や近所の方が手伝ってくださっているケースが多く、
毎回毎回、大変申し訳なく思っている。

今回は、印刷と封筒詰めも参加をでき、ほっとしている。
市内特特郵便のために、郵便局指定の仕分けをして発送を
するにあたっての仕分けや集計がおわったのが、夕方5時前
だったので、発送は週明けに持ち越し。

週明けには発送や町内配布の依頼などを行いたい・・・。





2006年1月11日

印刷完了

後援会報の印刷が完了。

当初、パソコンから印刷機に原稿データを投入する予定で
あったがなぜか上手くいかない。その後、通常通りの
紙から原版をつくる手法でもできなくなり、午前中を
費やしてしまった。が、その後復旧、夕方には何とか完了。

作業中、1件、匿名で市民の方から電話を頂く。

早速、役所の関係部署に電話を入れて確認を依頼。
夕方、その確認結果について連絡があったが、
市民の方からの電話とは多少内容が異なっていた。
というか、何点か、勘違いと思われる部分があり、
話がおかしくなっていると感じている。しかしながら、
匿名のため、その方に結果を返すことができなかった・・・。

皆さんには、要望なり問い合わせの際には、匿名ではなく、
名前や連絡先を名乗ってほしいと強く要望をさせて頂きたい。
名前を聞いたからといって、先方に名前まで伝えたうえで
話を進めたりはしない。関係部署とやり取りをする中で、
再度の確認をしたり、結果を伝えるためである。

こういう言い方は厳しいかもしれないが、匿名の場合だと、
うまく話が進まなかったり、一般論で終わってしまったり、
一方通行での要望となり、期待する結果をお返しすることが
できないからである・・・。




2006年1月10日

明日から会報作成

午前中、後援会の方が来宅。

原稿の作成完了時に、後援会の方にチェックをお願いしている
のだが、その結果やご意見を聞かせていただくために、
おいで頂いている。誤植から、言い回し、表現について
意見を交換しながら最終案を完成させた。

活字として残る文章には細心の注意を払わねばならない。
直接お会いして、その文章に対してコメントができればよいが、
実際には郵送などで文書のみが届くため、そうはいかない。
色々な方の目に触れることを想定しての文言作成であるが、
トラブルを避けるために、萎縮してしまってはならない。
自分の意見を誤解を与えないように、しっかりと伝える為に、
しっかりとした検討・確認が必要。

100%とは行かなくとも、自分の中ではしっかりと検討し、
やれることをすべてやったうえで会報を発行したい。

今日の午後には、印刷用の紙も到着。
明日から作成に着手したい。




2006年1月9日

成人式典 出席

朝10時からの平成17年度 結城市成人式典に出席。

アクロスの正面入り口で、玉岡幼稚園の園児の出迎え。
私が成人式を迎えたのは12年前。子供たちは私のことも
今年の新成人同様に「おめでとう」の声を上げて手を振って
出迎えてくれた。うれしい反面、恐縮してしまう・・・。

式典では、市長、副議長、県議会議員の祝辞。
新成人は、ニュースで報道されたような行為は無かったものの
雑談が多く、あまり話を聞いてなかった様子。久しぶりの
旧友との再会で積もる話も多々あろうが、30分ちょっとの
式典くらいは黙って話を聞く大人としての態度がほしかった。

成人式を期に、そういった態度を取れることを、大人としての
第一歩として考えてほしい。

さて、一連の公式の年始行事も、今日で終了。
まだまだ私的な年始の行事はあるが、ひと段落着いた。
明日からは、後援会報の作成や、ホームページへの議会報告の
掲載などの作業に着手したい。




2006年1月8日

出初式

結城市消防団の出初式に参加。もちろん、団員として。

昨年、一昨年は議員として出席し、今年は団員として参加。
風もなく、天候もよく、私が知る限りでは一番の天候。
だからといって寒くないわけではなく、団員の皆さんの
ご苦労を肌で感じながらの参加。

式典の後、鬼怒川の久保田橋河川敷に移動しての放水訓練。
私は長靴をはいて、川岸に下りて、吸水ホースを支えて
いたので、放水自体は見てないが、快晴のなかでの、
一斉放水は爽快な眺めであっただろうと思う。

1つ気になったのが、式典において、私が来賓として
紹介されてしまった事。私は団員として参加しているので、
私の紹介は割愛してほしかった。

自分としては、入団にあたって、消防の行事は、どうしても
議員側で出席しなければならない時を除いて、団員として
参加すると決めた。執行部側でも、現職議員で団員という
前例が今までなかったことで、対応を色々と思案したなかで、
議員の立場も配慮をして下さったと理解をしているが、
団員でいる間は、消防の行事では、来賓ではなく、皆さんと
同様に一団員として扱ってほしい。




2006年1月7日

出初式の準備

午後から、消防団5分団の詰所で出初式の準備。

鬼怒川久保田橋の河川敷にて、試運転を実施。
その後、詰所にもどって、出初式に必要な品物などの
確認やポンプ車の掃除など・・・。

明日は大変寒いらしい。カゼには注意したい。




2006年1月5日

合同賀詞交換会

今日は午後2時から、町内の方の葬儀に参列。

その後、午後3時半から市民情報センター3階の多目的ホール
にて開催された結城市・商工会議所・JA北つくばの3団体
合同の賀詞交換会に出席。

衆参5名の国会議員、国会議員秘書、臼井県議会議員が
来賓として出席され、みなさんがそれぞれの立場で、
結城市に対する思いを挨拶されていた。全部で300人弱と
いったところだろうか。結城市内の各団体の役員さんを
中心に、多くの方が出席をされ、議員の中では一番顔が狭いで
あろう私でも、多くの方と話をし、情報交換をさせて頂いた。
何人かの方に、今現在、後援会報を作成中であるという
話をしたところ、市の状況が良くわかり、内容を参考に
できるといった意見を頂いた。会報をとおして皆さんに
情報をお伝えしたいという考えが、着実に実現できていると
実感できた。

帰宅後、後援会報の作成。やっと原稿の作成が終了。
後援会の方に内容のチェックと意見を頂く一方、紙の注文等、
印刷の準備も整えなければならない・・・。


【合同賀詞交換会の様子】





2006年1月4日

仕事始め

午前9時、市役所2階の大会議室で年頭の行事である、
結城市長・結城市議会副議長からの年頭の挨拶。

市長から更なる行政改革の必要性や、結城市第4次総合計画
後期基本計画の施策の紹介があり、副議長からは議会としても、
市の改革や施策を支えて行きたいといった挨拶があった。
その後、教育長の音頭による万歳三唱。これについては、
私は毎年思うのだが、新たな決意にむけての取り組みには、
「万歳三唱」より「がんばろう三唱」の方が合っているのでは、
と思っている。

私の個人事業のほうの仕事始めは一足早く、昨日午後から
であった。今日も2件ほど修理に出かける。あいかわらず
初歩的なミスに気づかずに修理に余計な時間をかけてしまった。
まだまだ勉強が足りないようだ。




2006年1月3日

三が日も終わり・・・

今日で三が日もおわり。

特に大きな用事も無く、自宅でゆっくり過ごす。

1/2には、高校時代の友人3人と下館で一杯。年に1度しか
会わないメンバーであるが、話は尽きない。高校時代の部活の
メンバーなのだが、私が幹事をおおせつかっている。
よく考えたら、小中高のクラスの幹事、高校の部活の幹事と
いろいろ引き受けていたことを思い出す・・・。

SEをやっている友人からは業界の動きを学べるし、
大学の研究室に勤務している友人からは、その世界の独特な
雰囲気を学んでいる。逆に、友人には、議員という世界も
不思議な世界に見えるらしい。

この3日間の議員活動らしいものといえば、後援会報の原稿を
作成したことくらいである。原稿も6割ほど完成。
来週くらいには印刷に入れるだろう。

明日から年初の行事が始まる。

年頭の挨拶、合同賀詞交換会、消防団出初式、成人式・・・。
1/9の成人式出席で、一応公式の行事は終わるが、新年会など
お酒を飲む機会もあるだろう・・・。

いまさらながら、飲みすぎには注意したい。




2006年1月1日

新年のご挨拶

本年も宜しくお願いいたします。

静かな元旦。
月1回程度発行しているメールマガジンの1月1日号を
作成し送付した以外は何もなし。のんびり・・・。

議会の審議結果のサイトへの掲載、後援会報の作成など
やらねばならないことが多々ある。早々に着手せねばと
思いつつも、のんびりさせていただいている。
明日から、がんばろう・・・。


追伸.

公職選挙法により、選挙区内への挨拶状の送付は、答礼を除いて
禁じられていることから、年賀状の送付は自粛をしております。
ご容赦いただきたく、宜しくお願いいたします。